051535 ランダム
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牧師のぺ~じ

牧師のぺ~じ

「人身御供」2

総括部長に電話を入れてから8分。伊東は心の平静を取り戻しつつあった。
警備室の電話が鳴った。「広報部長からです。」警備員が取り次ぐ。
「今、担当をそちらに向かわせたから、とりあえず1時間後にコメントを発表する。その際に関係社員の経歴、写真を出す。その方向で対応を頼む。」どうやら何とかなりそうだ・・・伊東は、広報部長の指示をメモにし、警備員に渡した。
「今後マスコミが来たら、全て特別応接室の隣の会議室に入れて下さい。記者対応は今から1時間後、えっと・・今23時45分だから午前1時からと伝えて、待たせて下さい。」警備隊長の復唱を聞きながら伊東は、総括部長に電話を入れた。
「広報は大丈夫だったろう?これからさらにマスコミが集まるはずだから交通整理を頼む。まちがっても本社内をうろうろさせるな。私も後から行く。」伊東は総括部長の仕切に、(さすが対応が早い)と感心しながら疑問もあった。(どうやって広報担当に連絡を取ったのだろうか・・)

1時間後ではせっかく一番乗りした佐藤には気の毒だが、全社スタートラインは一緒だな・・・若い記者の悔しげな顔が浮かび、気の毒なことをしたな、何とかしてやろうか・・伊東はそんな気持ちが湧いてきたが「でくの坊」に徹するんだと自らに言い聞かせ、記者対応のための会議室の設営に取りかかった。まずは出来ることから・・そう自分に言い聞かせばがら。

 慌ただしく、会議室に机と椅子を並べ応接室に戻ることにした。時刻は23時55分。気の毒だがラストニュースには絶対に間に合わない。この佐藤にだけ一番乗りのご褒美を上げたいとの気持ちが伊東に湧いてきたが、応接室に戻るなり伊東に向かって
「何をそんなに時間くってるんですか!もうラストニュースに間に合いませんよ。」と毒づく佐藤を見て考えを改めた。記者対応は1時間後であると説明すると若い記者は悔しがった。「せっかく一番乗りだったのに・・・」
伊東は佐藤をなだめながら隣に設営したにわか会見場へ案内した。
「申し訳ありませんが、ここで開始までお待ち下さい。良かったらこれ・・」伊東は特別応接室でお茶と一緒に出していたビールを彼の目の前に置いた。佐藤は汗をかいた缶ビールをじっと見つめ、俯きながら言った。
「ラストニュースに間に合うよう私だけ警視庁の会見場を飛び出して来たんです。カメラマンも連れてない。写真と経歴を差し込むことが私の役目だったんです。1時間後の会見ならベテラン記者とカメラマンが間に合うでしょう。私の役目は終わりです。」そして缶ビールを開け、一気に喉に流し込んだ。
(彼も自分のできる役目を果たしに来ただけなんだな。)伊東は何となく親近感を覚えはしたが、自分に佐藤にしてやれることはもう無いと言い聞かせ、その場を離れた。
 受付には案の定マスコミ各社が現れていた。来訪者名簿に社名、記者名を記入させ、会見場へ案内させる。集まったマスコミはTVが3社、新聞が4社。やはりA社が来ていない。A社は昔から何かと伊東の会社を叩いて来た。どうも会社側と対立する労組との繋がりがあるらしく、幾つかの会社の恥となるような些細な事柄をさも大仰に大失態、大問題といった体で書かれ、その度に伊東は苦々しい思いでその記事を見ていた。それもあって伊東はA社の新聞は絶対に自分でカネを払って買うことはしない。
24時20分、各社が会議室に入り、トイレに行かせろだ、電源が足りないだと騒ぐのを切り盛りしながら伊東が汗をかいているところに赤い顔をした広報スタッフが5人入ってきた。やはり新橋あたりで飲んでいたのか、銀座で接待か?酒臭い息でマスコミ対応するのか・・・会社の不祥事の説明にこんな状態で良いのか?そんな疑問が伊東の頭をかすめたが、ここは自分の持ち場では無いと気持ちを切り替えた。

「あとは俺たちでやるから、お疲れさん。帰って良いよ。」東大出のエリートを自称する報道係長の言い草に(おいおい、人身御供様に向かっての言葉がそれだけかい・。まあ、でもこれ以上オレのやることは無いからな。)伊東は多少ムッとしたが、彼らが来るまでの経緯と会見場に集まった会社名をメモした紙を東大出エリート殿に差し出し、後を彼らに任せることにした。
「まったく、今日は誰も会社にいないから明日の朝ゆっくりと対応するってことにしたのに・・」広報の連中のぼやきが聞こえる。(だったらハナからそう言って誰も社内に残すなよ。一言マスコミが来るかもしれないから残るなって言ってくれてれば)伊東は、そう思いながら(ともあれオレのマスコミ対応初体験は終了したな)と少しく満足感を覚えている自分に気が付いていた。

特別応接室の戸締まりを終えると、伊東は自分も缶ビールを開け、ぐいっとあおった。(そういえば佐藤はどうしたろう?あの部屋にまだいたんだろうか?)戻って確認しようとも考えたが、自分が戻った所で最早意味が無いことに気付き自席に戻ることにした。先ほどまで誰もいなかった部屋には総括部長と法務課長が来ていた。
「お疲れさん、たいへんだったね。」総括部長の言葉に伊東の顔が思わずほぐれる。
「部長、お疲れさんじゃないですよ。こいつが残ってなけりゃ今夜こんなに大騒ぎせずに済んだんですよ。全く人騒がせな奴だ。」法務課長が蔑むような視線を伊東に送ってくる。伊東は頭に血が上りそうになるのをこらえ、法務課長と視線を合わせないように俯きながら、あえて事務的に淡々とこれまでの経緯を説明した。

「実は、警察発表が明日、強制捜査が明後日の予定だったんだ。でも、発表を今日してしまった以上明日強制捜査が入ると思わなければならない。そこで、君に頼みがあるんだが・・・疲れているところ申し訳無い、もうひと働きしてくれないか?」
「え?強制捜査ですか?」伊東はこれまで強制捜査を一度だけ経験していた。彼が数年前本社に異動になって直ぐに、やはり収賄の疑いであろうことか当時の社長が逮捕され、大規模な強制捜査を受けていた。伊東は転勤したばかりであったこともあり捜査員の「ここからここまで全部」といった指示で押収されていく書類を前に呆然としていた自分を思い起こしていた。

「まあ、これを読んでみてくれ」法務課長が事件の概要をまとめたレジュメを伊東に渡した。彼も人の子、今日はゆっくり休んで明日からの修羅場に備えよう、そう思っていた折りの深夜の呼び出しだ、誰かに当たらずにはいられなかったのだと伊東は思うことにした。レジュメに目を通す(え?全国的な物品納品に絡む収賄、横領?やばいじゃん。組織的犯行ってやつか?)・・時刻は午前1時10分、報道対応が開始されている筈だ。
「読んだかい?人事部の連中も困ったもんだ。そんなカネどうするつもりだったのかねえ・・今まで各地の業者に発注していたものを東京の、それも名も売れてない会社から一元的に購入するからもう買わない、なんて言ったら一発で臭いぞって思われちゃうのは当たり前なのにねえ。一週間ほど前にA社が嗅ぎまわってるんで助けてくれって泣きついてきた。」総括部長が椅子に座りながら言った。
「ウチのスタッフで内々に調査し、警察にも根回しをしながらスケジュールを組んでいたんだがA社に先回りされて予定を狂わされてしまったよ。やばい資料は明日一日かけて処分するつもりだったんが、こうなると今夜中に何とかしないといけない。君、やってくれないか?」法務課長が後を引き継いで伊東に説明をした。
「で、そのヤバイ資料は?」
「人事部にまとめてある。君はそれを誰にも気付かれないように処分してくれ、できれば今夜中に。恐らく警視庁は強制捜査を明日の朝一番で仕掛けてくる。その時にはここに資料があっては困るんでね。」総括部長はそう言って伊東に笑いかけた。
「どこかゴミ処理場に持ち込んだり、焼却処分しろって事ですか?」
「いや、それだと購入の事実まで消えてしまって不自然だ。何せ一年前の購入案件だから資料は倉庫にあると言うことにして時間を稼ぎ、書類の書き換えをしたものと差し替える。君には、その場所まで資料を運んで差し替えた物を持ち帰ってきて欲しいんだ。」そこまで筋書きができているなら、何もオレじゃなくても・・・伊東は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。(まだウラに何かあるな・・それで人事部も手が回らないんだ。)
「ブンヤさん達がうろうろしているハズだから、目立たない方法で運びたい。君ならどうする?」法務課長が伊東に尋ねた。
伊東は物を運ぶと聞いた時点である考えが頭に浮かんでいた。
「役員車両とハイヤーを使いましょう。緊急事態ですから、役員を迎えに行く車両がいつもより早く出発してもあまり気に止められないのでは?」
「う~ん、そうかな?」総括部長が法務課長を見やる。
「まあ、やらせてみましょうか・・今からじゃ他に良い手も無いでしょうし」

伊東は地下の駐車場に行き、残っている運転手を確認した。全部で5人。
役員付の運転手は接待で夜が遅かった時には、自宅に帰らず社内に設けた仮眠室で仮眠を取って翌朝のお迎えに備える。この時はバブル絶頂の時期でもあり運転手の殆どは仮眠室で生活しているようなものだった。
伊東は車5台で運べる量であることを願い人事部へ向かった。
が、人事部には明かりも点いておらず、入り口も施錠されている。(おかしいな)伊東はドアを叩き小声で「総務部です。開けて下さい。」と呼びかけてみた。やや時間を置いてドアの向こうに人が寄ってくる気配が感じられた。

「総務部の誰や?」このイヤにねっとりとした関西弁は厚生係長の竹田だ。普段から「北海道の人間は暢気であかん、こないな大きな会社をまわすんわ、オレらみたいなパッパと気の回る関西人でなきゃアカンワ」と言って伊東の後輩達をくさしている奴だ。伊東も普段から竹田とはなるべく接点を持たないように気を付けていた。

「竹田さん、伊東です。」今はヤツの事を気にしていても仕方がない。
ドアを開けながら小声で竹田が毒づいた。
「なんや総務は、オマエみたいな下っ端を寄越したんか。小橋課長はどないしてん?オマエみたいな気いの付かんヤツで大丈夫かいな・・」
「小橋総務課長は所用で不在です。今、総務は出口総括部長と塚本法務課長しかいません。」相変わらずイヤな奴と思いながら伊東は答えた。
「小橋さんのことやから、ま~た新橋あたりで部下に説教くらわしとるのやろ、さんざんに飲んだくれて・・しあーないわ、オマエ話聞いたやろ、これ伊豆の保養所まで届けてんか。」振り返った竹田の後ろには段ボールが十数個積まれており、伊東の後輩でもある竹田の部下、尾藤が苦虫を噛みつぶしたような顔で脇に立っていた。

「え?伊豆ですか?なんでまた・・・」尾藤に軽く片目を瞑ってみせながら伊東は聞いた。
「なんでてオマエ、内緒に仕事せえへんことにはいかんやろ。今伊豆の保養所は改装中や。だあれもいてへん。ちょこっと工事始めるのを止めて我が人事部の書類改ざん部隊を送りこんであんねや。どやワイの名案?」返事をする気にもなれず伊東は段ボールの前に行き、尋ねた。
「荷物はこれだけですか?地下の駐車場に運びます。手を貸して下さい。」
竹田は少しムッとしたようだが、顎で尾藤を指し「行け」とだけ言った。

会見場から一番離れたエレベータを使い、段ボールを駐車場まで運んだ。伊東と尾藤は終始黙々と作業を続けた。全てを運び終わると缶ビールを片手に竹田が現れ「ほな、北海道コンビに頼もうか・・どん臭くて心配やけど、何とかなるやろ。元をただせばお前らの先輩がしでかした事や、ワイを恨まんとてや」伊東は、どこまで人をくさらせるヤツだと腹もたったが警察に留置され厳しい取り調べを受けているであろう山岡の顔が浮かび、ここは素直に引き下がった。
時刻は2時10分。

伊東、尾藤は二人、駐車場前の休憩ソファに腰を掛け、コーラで一息ついた。
「伊東さん済みません。係長のあんな言い方、許せませんよね。」
「ヤツはいつもああじゃないか。年はオレと一緒だが早稲田だからとかエリートだからとか、何よりも関西人だからオレらなんかよりデキがずっと良いと思ってる。困った手合いだ。」
「でも、山岡さんは可愛がってました。」
「ヤツは上には上手に接するからなあ・・・」伊東は残ったコーラを一息に飲み干した。炭酸が喉に痛い。
「さあ、総務、人事の人身御供部隊、伊豆へ向かって出発だな。」
「なんですか?人身御供部隊??」尾藤がキョトンとして聞いた。
                             つづく



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